【専門家監修】 AIが変えるサイバー防衛の未来:予測する「脅威インテリジェンス」
監修者情報
おがさわらなるひこ
2015年より株式会社SHIFTにてソフトウェアテスト自動化の顧客導入支援・プラットフォーム開発に従事。加えてSHIFT SECURITY設立に兼務で参画し、初期の標準化や教育などを担当。2019年に同社専任になってからは、開発者向けのソフトウェアセキュリティサービス、スマートフォンアプリ診断手法および社内ツール開発などを主な業務とする。個人としては主にデスクトップ領域のオープンソースソフトウェアの愛好家であり、翻訳やバグ報告、雑誌やWeb媒体への執筆、イベントへの登壇なども行う。隠れた趣味はリバーカヤック。
今回は、今大きく発達しているAIを、能動的なセキュリティである「脅威インテリジェンス」に生かす可能性について説明します。
なぜ、今、脅威インテリジェンスが重要なのか
現代のサイバー攻撃は巧妙化・大規模化しており、従来の受動的な防御策(ウイルス定義ファイル更新など)だけでは限界があります。そこで、これからの防御には、「脅威インテリジェンス(Threat Intelligence; TI)」、つまり「サイバー攻撃に関する実用的な知識」が不可欠です。これは、単なる情報ではなく、攻撃者の動機、ツール、手法などを分析し、将来の攻撃を予測するための知見です。
そもそも脅威インテリジェンスとは何かという点については、過去記事「相手の攻め方を知る、攻撃者視点からのセキュリティ対策」にわかりやすい説明があります。
AIが脅威インテリジェンスを変える?
脅威インテリジェンスは日々重要性を増していますが、その専門家が直面する課題として、日々膨大に生み出されるサイバーセキュリティ情報の処理・分析の困難さがあります。
AIは単にデータを高速処理するだけでなく、脅威インテリジェンスの質とスピードを根本から変革しています。
膨大なデータの海から「意味」を抽出する。
脅威インテリジェンス(TI)の専門家は、日々、以下のような膨大な量のデータに直面しています。
- セキュリティベンダーが発行するレポート
- 脆弱性情報データベース
- ハッカーフォーラムやダークウェブの投稿
- ソーシャルメディア上の不審な活動
- ニュース記事やブログ
- 企業内のログデータやトラフィック情報
これらを手動で分析し、意味のある知見を導き出すのは非現実的です。ここでAI、特に自然言語処理(NLP)が力を発揮します。
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NLPによる非構造化データの解析:AIは、人間が書いた文章(非構造化データ)を理解し、攻撃者の動機、使用されたツール、新しい手法(TTPs: Tactics, Techniques, and Procedures)といった情報を自動で抽出します。これにより、TIアナリストは、大量のテキストから瞬時に重要な情報を得ることができます。
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関連性の自動発見:AIは、異なる情報源に散らばっている断片的な情報(例:あるマルウェアと、特定のIPアドレス、そして特定の攻撃者グループ)を結びつけ、全体像を可視化します。これにより、手作業では発見が困難な複雑なつながりや隠れた攻撃キャンペーンを特定できます。
過去から学び、未来を予測する「予測分析」
AIの最も革新的な役割は、予測分析(Predictive Analytics)です。
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攻撃トレンドの学習:AIは、過去の膨大な攻撃データを分析し、時間の経過とともに変化するトレンド(例:特定の季節に流行するランサムウェアの種類、特定の脆弱性が狙われ始める時期など)を学習します。
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次に来る攻撃の予測:この学習結果を基に、「次にどの業界が狙われる可能性が高いか」「どのような新しい攻撃手法が出現するか」といった将来の脅威を予測します。これにより、企業は攻撃が発生する前に、脆弱性のパッチ適用やセキュリティ設定の見直しといったプロアクティブな(能動的な)防御策を講じることが可能になります。
アラートの「ノイズ」を削減し、優先順位付けを支援
従来のセキュリティツールは、大量の警告(アラート)を発します。これらのアラートの多くは、誤検知や重要性の低いもので、セキュリティチームは「アラート疲れ」に陥りがちです。
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アラートの優先順位付け:AIは、複数のアラートを相関分析し、本当に危険なもの(攻撃の兆候)と、無害なもの(ノイズ)を区別します。これにより、セキュリティアナリストは、最も緊急性の高い脅威に集中して対処できるようになります。
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自動化と連携:脅威が検知された場合、AIが自動で隔離措置を講じたり、追加のログ情報を収集したりするSOAR (Security Orchestration, Automation and Response)と連携することで、対応時間を劇的に短縮します。
このように、AIは脅威インテリジェンスを、単なる情報収集から、戦略的な予測と迅速な対応を可能にする強力なツールへと進化させています。
まとめ
AIを脅威インテリジェンスに活用することは今後不可欠になっていくと思われます。
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AIは脅威インテリジェンスの専門家にとって、単なるツールではなく、「知的な相棒」となります。
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AIが情報の処理と分析を担うことで、人間はより戦略的な意思決定や、AIが発見した知見に基づいた実践的な対策立案に集中できます。
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AIと脅威インテリジェンスの組み合わせこそが、予測に基づいたプロアクティブ(能動的)なサイバー防衛を実現する鍵であり、未来のセキュリティを形作る核心的な要素なのです。